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29日に行われた三重県の熊野大花火大会。2度の延期を経て4年ぶりの完全開催となり、美しい花火の数々が訪れた人たちを魅了しました。29日に打ち上げられたのは約1万発の花火。その伝統を、300年余りつないできた三重県熊野市。ことしの熊野大花火大会は2度の延期を経て、無事に熊野の夜空を彩りました。開催の正式決定は29日の早朝、気合の入った人たちがいました。
(アマチュアカメラマン)
「きのうの朝から(場所取りに)来てます。世界遺産の獅子岩と(花火を一緒に)撮るとなると、ここしか場所がないので。必ず獅子岩と千輪(菊花火)を絡めて撮りたいという目的で来ている」お昼前の七里御浜海岸でも…。
(見物客)
「きのうの午後5時ごろ来た」
「休みを取り直して(来ました)」例年17万人が全国から訪れると言われていますが、午前中の人の出足は…。
(熊野市観光協会 中平孝之会長)
「もう少し人がいてほしい」
毎年8月17日が開催日ですが台風の影響などで結局29日に。影響は運営側にも…。
(熊野市観光協会 中平孝之会長)
「きょうは本当はボランティアの方が6人来る予定だったが、(延期で)日にちが変わっちゃったんで。お仕事とかになってしまって、駄目になっちゃった」
最大70人のボランティアに助けてもらう予定が、都合がついた人はわずか13人でした。それでも、準備は着々と進められ、世界遺産の鬼ケ城には打ち上げ用の筒がずらりと並びました。
フィナーレを飾る仕掛花火「鬼ヶ城大仕掛け」の準備も万端です。世界遺産「鬼ヶ城」から上がった一発の花火、2度の延期に見舞われた「熊野大花火大会」がスタートしました。「熊野大花火大会復活記念花火~復活の打上花火~」ど題されたオープニングの花火には4年分の思いが込められていました。続いては「追善の花園」、熊野の花火は亡くなった人を供養するために打ち上げたのが起源とされています。そして大会の目玉といえるのが海の上で花火が花開く「海上自爆」です。(花火写真家 金武武さん)
「花火って半円形で作ったものを使っているわけではないので、本当は水面の下にも花火が開いているはずなんです。半分は見えない、ぜいたくな花火になっている」
「三尺玉海上自爆」は海に浮かぶ三尺玉にボートで近づいて、直接火を付けるんですが、風と波の影響を受けて点火作業が進まないという場面も。見物客から手拍子が沸き起こる中、会場に「ただいま点火しました」とのアナウンスが流れたのに続いてカウントダウンが始まり…、直径600メートルの巨大な花火が。クライマックスは「鬼ヶ城大仕掛け・厳頭のとどろき」が披露され、2時間で1万発が打ち上げられた熊野大花火大会のプログラムは終了となりました。プログラムは終了しましたが、会場では来ていた皆さんが持っていたハンドライトを一斉に振る姿が。
これは花火師さんへの感謝のメッセージなんです。すると、お返しの一発の花火が打ち上げられ、4年ぶりの熊野大花火は幕を下ろしました。この花火大会、実は「お盆の精霊供養」としてシンプルな花火を打ち上げたことが起源とされていて、今もプログラムには紙でできた灯籠を燃やす「灯籠焼き」が組み込まれています。会場にいた地元・熊野市の高見守さん(60)は去年、父親の優さんが89歳で亡くなり、特別な思いで花火を見つめていました。(高見守さん)
「(花火大会が行われる)17日には、父が駐車場にバーベキューセットを作って、それから花火を見に歩いて出かけるというのが毎年のことでした」今回17日の開催は台風の影響で延期となりましたが、前日の16日には高見さんの暮らす有馬地区では予定通り、お盆の「灯籠焼き」が行われました。そして、この日から約2週間が経った29日の熊野大花火大会。それぞれの思いを届けることができる「メッセージ花火」の打ち上げ時間に、高見さんが家族で考えたメッセージが場内に流されました。
「天国の優さまへメッセージです。お父さん、おじいちゃん、いっぱいありがとう。会いたいよ~」そして、一発の花火が…。
(高見守さん)
「ほっとしました」主催者によりますと、訪れた人は約5万人。来場者それぞれの心の奥に染みわたったことでしょう。4年ぶりの大花火は紆余曲折ありましたが、無事に夜空を彩りました。
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