作者はチェロ奏者、指揮者、音楽教育者として活躍した音楽家。ドイツに二度にわたって留学し、帰国後、新交響楽団（現NHK交響楽団）の主席チェロ奏者、東京交響楽団（現東京フィルハーモニー交響楽団）の専任指揮者などを務めた。桐朋学園で教鞭を執り、門下生の小澤征爾、秋山和慶、飯守泰次郎、尾高忠明など多数の音楽家を輩出し、日本の西洋音楽のレベルを世界的にまで引き上げた功労者の一人と言われている。作者が確立した指揮法は、「指揮法教程」として数多く出版され、バーンスタインからも賞賛された。
　作者は東京で生まれ、旧制暁星中学校に入学し、マンドリンと出会う。チェロを弾く傍ら、同級生の杉田村雄とともに比留間賢八からマンドリンやギターを教わる。暁星高校を卒業し、上智大学に入学する頃、暁星の卒業生を集めて「オルケストラ・エトワール」というマンドリン合奏団（以下「エトワール」という）を創設し、指揮者を務める。エトワールは1923年頃に開催された武井守成主宰の全国マンドリン合奏団コンコルソに出場し、第２回コンコルソにおいて同志社大学マンドリンクラブとともに同位優勝を果たしている。特に、第1回コンコルソにおいて指揮をした「アンデスの花」（D.De Giovanni）について、当時の審査員から高い評価を得ている。
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　「随意曲「アンデスの花」は元來四部曲として作られたものでマンドロンチェロのパートは此團自らアレーンヂされたのであるが而も効果ある編曲を行はれて居た。そして此平凡な曲は指揮者の頭脳によつて全く驚く程活かされて居た。テンポの緩急も見事である。而して讀方に於ては最高點を得たもの獨り此團體のみであつた。（中略）讀方にも指揮振にも優れた手腕を示した若き天才齋藤氏に音性の研究を望んで止まない。」（「マンドリンとギター」1923年2月号18頁）
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　本曲は、1927年5月23日、ベルリンにおいて作者のドイツ留学中に作曲されたものである。そのタイトルは「恍惚」と邦訳されることがあり、戦前のエトワールの定期演奏会において初演されたと思われる。
　作者のマンドリン作品は、本曲以外に「フランス民謡“歌えや小鳥やよ歌え”の主題による八つの変奏曲（1924）」「三つの断章（1924）」「独創的主題による十の変奏曲（1925）」などが知られているが、本曲は同じ作曲者による作品とはおよそ思えない、異色の作品である。戦前の斯界の黎明期に、このような近代風で、高度の技巧が求められる作品が存在していたことは大変興味深い。編成は第1マンドリン、第2マンドリン、マンドラテノール、マンドロンチェロ、マンドローネ、ギター、キタローネの7部である。
　その他、作者のマンドリン作品は「ダンス・ファンタスティク」「ロマンツァ」「ファンタジア」「プレリュード」「千鳥ヶ淵」があると言われているが、その多くは所在がいまだ判明していない。またモーツァルト、シューベルト、ショパンなどの作品も多数編曲している。
　最後に、本曲の演奏に当たってベルリンで書かれたサインのある作曲者自筆パート譜を提供いただいたマンドリン音楽資料館に感謝申し上げる。
解説：辻本 篤人
参考資料：
・嬉遊曲、鳴りやまず－齋藤秀雄の生涯（中丸美繪著、新潮社、2002年）
・齋藤秀雄・音楽と生涯　心で歌え、心で歌え！！（財団法人民主音楽協会編、1985年）