Пікірлер
@user-oq2fu7nx4s
@user-oq2fu7nx4s Ай бұрын
ウィングがやたら立ってた ダウンフォース着けてもホンダパワーと燃費の良さで押し切ったね セナ プロストの腕も当然だけどね
@user-gy8xp8xj2n
@user-gy8xp8xj2n Ай бұрын
それまでず~~っとやってたからね。ルマンの観客もそのへんよくわかってて、メルセデスがピットで白煙上げて止まってる間にマツダ(ハーバート・ガショー・ヴァイドラー組)が周回遅れを挽回して、トップに立つ瞬間、グランドスタンドの観客がマツダがホームストレートに帰ってくるとそれに合わせるように「ウォ~~~ッッ!!!」って大応援の大歓声だったんだよね(フランスの“地元”でだよ^^)マツダが長年ルマンというレースに苦労しながらコツコツと長年チャレンジしてきたってことを、地元の観客たちもよくわかっていたんです。マツダがルマンに勝ったのはこの1回だけですが、日本の自動車の歴史的にとっても、とても大きな勝利であったことには間違いありません。エンジン責任者の松浦さん、ありがとう。マネージャーの大橋さん、ありがとう。マツダという企業の、あなたや他のロータリーエンジン開発者すべてのお陰です。ありがとう。寺田さん、デゥドンヌ、従野さん、ヨハンソン、片山さん、ジャッキー・イクスも、おいしいご飯炊いてサポートしたお食事隊も含めて、、すべてにありがとう。
@usamaru.
@usamaru. Ай бұрын
どんなにトヨタが優勝しようが、日本メーカー初制覇したマツダの功績は大きい。 74年参戦のMC74は、シグマ(現SAAD)はトヨタ出身の加藤真代表が、トヨタからエンジン供給をして貰える契約だったが突如トヨタから破棄された為、石原慎太郎氏経由で東洋工業(マツダ)にエンジン供給を打診された。
@user-uu2ri7ov8l
@user-uu2ri7ov8l Ай бұрын
風が吹けば桶屋が儲かる理論でマンセルが風邪ひくとマクラーレンが負ける、わかる人いるかな?
@939b4
@939b4 Ай бұрын
読み方を変えて台無しにする…「ロスチャイルド家(や)」
@user-em8mg9bz5p
@user-em8mg9bz5p Ай бұрын
これ、漫画家の永久保貴一さんが取材して 漫画にしてました。単行本も出ていますよ。 どうも、霊障が収まったのは 同行していた編集者さんが、連れて帰ってしまったみたいです。 詳しくは、 「永久保貴一の極めて怖い話 完全版」でどうぞ。
@user-zt6zu1oq8x
@user-zt6zu1oq8x Ай бұрын
下ヨシ子は修行もしてないのに勝手に阿闍梨と名乗ったり、過去にお祓い料で裁判沙汰になったりと名前は有名だけど結構黒よりのグレーって感じだぞ
@user-cj5sv1sv4w
@user-cj5sv1sv4w Ай бұрын
私の中にある「F1」の象徴
@user-qk8qo8qw4f
@user-qk8qo8qw4f Ай бұрын
紆余曲折が有りながらの初制覇は嬉しかった~
@user-yb4zc5pg9v
@user-yb4zc5pg9v 2 ай бұрын
とはいえ、意地悪な見方をすれば88年の成功が結果としてマクラーレン凋落の始まりとなったんじゃないかと個人的には感じます。翌年のМP4/5は成功作МP4/4がベースですが、エンジンがNA3.5ℓ規定に移行してV10になりパワーは一流ですがハンドリングに難ありのクルマになってしまいましたね。時代的にも空力特性やトータルパッケージが重要視される時代になりつつありましたがこの時点ではまだ何処のチームも最適解を見つけられておらず、ドライバーの腕や信頼性、ホンダパワーのアドバンテージで半ば強引に押し切ることも出来ましたが、90年はプロストがフェラーリに移籍してしまい、マシン開発力が落ちてそれをカバーするために益々セナとホンダの力頼みになった印象があります。この頃のマクラーレンはシーズン序盤はライバルがトラブったりして脱落する間に信頼性の高さである程度アドバンテージを作りリードする。中盤戦でライバルが調子を上げて肉薄あるいは追い越されてしまう。それに危機感を覚えたチームは突貫工事でマシン改良とホンダの新スペックエンジン投入で凌いで最後はセナの腕をプラスして勝つというパターンですが、裏を返せば毎年ギリギリの余裕がない戦い方をせざるを得ないところまでいってしまい、長期的な視点が必要な空力やセミATなどの新機軸の開発が疎かになり、最後はセナやホンダの力をもってしても勝てなくなってしまったというのが実際のところなんだと思います。
@user-jn7gq5up6g
@user-jn7gq5up6g 2 ай бұрын
レッドブルが更新したね しかも全戦全勝を阻止したのはまたもやフェラーリ
@user-pm4cq7xi4w
@user-pm4cq7xi4w 2 ай бұрын
マクラーレン退屈シンドローム
@user-pi4ot1pz2y
@user-pi4ot1pz2y 2 ай бұрын
2023のレッドブルは勝率超えたみたいですね
@user-vc1ek3xi3l
@user-vc1ek3xi3l 2 ай бұрын
ジャガーは大排気量自然吸気で88年にポルシェにルマンで倒したはずです。
@akmr-ny9lx
@akmr-ny9lx 2 ай бұрын
唯一勝てなかったイタリアGPは「エンッオフェラーリの呪い」って言われたな~。
@cocoa528
@cocoa528 2 ай бұрын
フェルスタッペンとペレスに恨みは無いけど、セナとプロストという二人の天才がぶつかり合っていたこのクルマこそが至高だと信じている。おっさんの戯れ言ですが。
@user-oy1sm5ek8v
@user-oy1sm5ek8v 2 ай бұрын
70年代後半にはジェームスハントという天才が操るM23という名車がありました。 なので決して苦難ではなかったはずです。
@user-ro6fm3by2b
@user-ro6fm3by2b 2 ай бұрын
ゴードン・マレーが作った名車
@user-jb2gf4ux1i
@user-jb2gf4ux1i 2 ай бұрын
ジャン・ルイ・シュレッサーのセナへの接触は、昔RA302で事故死した叔父のジョー・シュレッサーに対する、ホンダへの復讐じゃないかとも噂されましたね。 ジャン・ルイ・シュレッサーの日本嫌いは、その後パリ~ダカールラリーでも、日本人のドライバーが総合優勝する場面で、妨害行為を起こしていますし。
@user-ex4ub1vj6r
@user-ex4ub1vj6r 2 ай бұрын
限界LOVERSと私は嵐のバックミュージックが脳内再生される。