マルティン・ブーバー『我と汝・対話』読解:他者だからこそ対話し、現実を分かち合える。

  Рет қаралды 18,317

何か分かりづらいチャンネル

何か分かりづらいチャンネル

Күн бұрын

00:00 カフカ×ブーバー×ハシディズム
01:55 大澤真幸『不可能性の時代』
06:57 〈われ‐なんじ〉と〈われ‐それ〉
11:46 図式化してみた。
17:01 他者とは何か
23:37 他者あってこその〈こころ〉
26:53 自由と運命(決定論について)
〇純粋経験の図解が多い動画リスト
• 潜在意識&現実創造
丸山健二さんの『千日の瑠璃』、福田和也さんの『作家の値打ち』で酷評されていましたが、宗教文学と見做し、今回の動画で紹介したようなアプローチで読み直したら評価がガラリと変わるかも知れません。
あと、村上春樹さんの『1973年のピンボール』。終盤におけるスペースシップとのやり取りが感動的ですが、柄谷行人さんはこれをモノローグ(自問自答)であると指摘しています。なるほど確かにそうだと唸らされましたし、未だにその解釈が妥当だとも思っていますが、ダイアローグとして読んだ場合どうなるか、ちょっと考察してみたいですね。
【参考文献:新品で入手できます】
マルティン・ブーバー『我と汝・対話』(岩波文庫)
amzn.to/3yFlxFy
大澤真幸『不可能性の時代』
amzn.to/3MNPER3
ミシェル・フーコー『監獄の誕生』
amzn.to/3eBMq6n
大塚英志『「おたく」の精神史 一九八〇年代論』(星海社新書)
amzn.to/3CZS2k7
(※動画内で使用している講談社現代新書版とは異なるので注意)
三島由紀夫『鍵のかかる部屋』(「美神」所収)
amzn.to/3yHHWlE
西田幾多郎『善の研究』(岩波文庫)
amzn.to/3T4iZJf
【参考文献:品切れ状態】
中島梓『コミュニケーション不全症候群』
amzn.to/3ITH0OB
岡田斗司夫『評価経済社会』(kindle版)
amzn.to/3Tl6cle
当チャンネルはAmazonアソシエイトに参加させていただいています。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
動画素材で主に利用させていただいてます。
〇mixkit
mixkit.co/free-stock-video/
〇coverr
coverr.co/
〇videvo
www.videvo.net/
画像素材で主に利用させていただいてます。
〇pixabay
pixabay.com/
〇いらすとや
www.irasutoya.com/
〇artvee
artvee.com/
〇国立国会図書館「近代日本人の肖像」
www.ndl.go.jp/portrait/
〇ぱくたそ
www.pakutaso.com/
音声素材で主に利用させていただいてます。
〇効果音ラボ
soundeffect-lab.info/

Пікірлер: 56
@maydance515
@maydance515 Жыл бұрын
ありがとうございます!
@read-
@read- Жыл бұрын
こちらこそ、いつもありがとうございます!
@masataka-1117
@masataka-1117 Жыл бұрын
本当に素晴らしい。必然的に出会ったチャンネルであり、動画だと思いました。
@miyayuu1444
@miyayuu1444 Жыл бұрын
いつも動画を拝見させていただいています。このチャンネルを見始めてから、現代思想に対しての理解が深まり、大学受験の評論の問題でも高得点が取れるようになりました!
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴並びに丁寧なコメント、誠にありがとうございます。受験に役立っているという報告は本当に嬉しいです。こちらも思わず「やったぜ!」となります。この調子で頑張ってください。応援しています!
@user-vp5nv9mi1w
@user-vp5nv9mi1w Жыл бұрын
まってました!
@user-bw1ld3im5o
@user-bw1ld3im5o Жыл бұрын
ほんとにいつもありがとうございます。中学生の自分には少し難しい部分もありますが毎動画、調べながら理解し楽しんでいます! これからも頑張ってください
@read-
@read- Жыл бұрын
ちゅ、ちゅ、中学生……! こちらこそ、御視聴ありがとうございます。 いやはや、びっくりしました。早熟ですね。周りが子供っぽく思えて仕方ないこともあるでしょうが、あなたの大人っぽさはある種の才能です。情けは人の為ならず、優しくしてあげてください。
@user-bw1ld3im5o
@user-bw1ld3im5o Жыл бұрын
@@read- 大人びたいただの子供ですので。。。 あと個人的に大江にハマって、主様のことを知ったのでもっと解説して欲しいです!
@jp-bluehive
@jp-bluehive Жыл бұрын
知識横断的だけでなく、有機的に繋がったその語りは、関心しますし、惚れてしまいそう😅 成熟が古代ギリシア哲学の徳目ぐらいに難しい今の日本で、なんかやれるかもと思わされるプレゼンでした🎉
@read-
@read- Жыл бұрын
ありがとうございます。ちょっとでも、何かの役に立てていたら嬉しいです。
@user-jl6eb3kg4l
@user-jl6eb3kg4l Жыл бұрын
我と汝の物語。理解への道筋が少し見えました。ありがとうございます!
@read-
@read- Жыл бұрын
こちらこそ、ありがとうございます。動画にしてよかったです。
@muffin487
@muffin487 Жыл бұрын
待ってました!! いつも素晴らしい解説ありがとうございますm(*_ _)m あなたは「本物」の知識人です!!
@read-
@read- Жыл бұрын
楽しみにお待ちいただいていたようで、本当にありがたいです。そして畏れ多くも温かいコメント、誠にありがとうございます。次の動画も、頑張ります!
@user-wz4yb1lj6i
@user-wz4yb1lj6i Жыл бұрын
いつも私の世界を広げて頂き、ありがとうございます。 分かるような分からないような気持ちですが、面白く視聴しております。 過去動画にも「意識と本質」の引用が何度か見受けられましたので、気になって読み始めました。 安吾が好きで、東洋哲学について興味があったのです。 哲学についての本を読んだことのない私は、2日かかってp7〜p33を読み終えました。 内容が腑に落ちた時、漠然とした世界に少し怖くなりました。 他にも読みたい本がありすぎて困まってしまう程ですが、私自身21歳なので、まあ、焦らなくてもいいか、と考えています。自分のペースで読んでいこうと思います。
@read-
@read- Жыл бұрын
丁寧なコメント、誠にありがとうございます。人生初の哲学書が『意識と本質』というのは素晴らしすぎますね。文学書と違って、分からなくて当然なとこがあるので、じっくりじっくりいきましょう。 実際に読むというのが、いちばん得るものが多いと断言できます。「ここが分からない」という感想さえ宝なのです。井筒さんの別の本、そのうちやります。気長にお待ちください。
@user-wz4yb1lj6i
@user-wz4yb1lj6i Жыл бұрын
@@read- 分からなくて当然と言っていただけると安心して読めるというか、嬉しいですね。 「分からない」を大切にしようと思います。 井筒さんの動画、楽しみにしております!
@koubouhanaokina9370
@koubouhanaokina9370 Жыл бұрын
"そういうことだったのか、メリー!!"を拾い集めて生きていけたら悟りの境地に解脱できるか…統合失調になるのか…と考えていたところで、こちらの動画に出会えました。 有意義な時間をありがとうございます。 そういうことだったのか、メリー!!がリフレインしています。
@shin1_okmt
@shin1_okmt 4 ай бұрын
面白かった。声も素敵で、倍速なしの標準速度で聴かせていただきました。
@read-
@read- 4 ай бұрын
ありがとうございます。
@learnermoo
@learnermoo Жыл бұрын
動画とても興味深く拝見させていただきました。 ブーバーとワンピースの結びつけは本当に見事で、私事ながらハッとさせられることがたくさんありました。私は、子供の頃、当時サブカルチャーを席巻していたエヴァンゲリオンや村上春樹といったセカイ系や独白系の日本文学に全く馴染ず、自分がコミットできるものを求めて、青年時代、ロマン・ロランや20世紀のドイツ教養小説にどっぷり浸かり、後年に自分の意志でプロテスタント系のクリスチャンに改宗した者です。「自分がドイツ文学に本格的にはまり始めた頃、ワンピースのアラバスタ編を読み、私がもう少し後に生まれるか、ワンピースがもっと早くに登場していれば、私は、ワンピースの中で育ち、文学の中に分け入っていくことはなかったかもしれない、と感じたのをハッキリと覚えています。そして尾田栄一郎という人は「世界を創る」人だとも。(私にとって世界を創るというのは、アーティストに対する最大級の誉め言葉です。)セカイ系に馴染めない私がドイツ教養小説に走ったこと、ワンピースが大好きなこと、弁証法的統合、我と汝、クリスチャンであること、全てはつながっていると感じてます。(もう一つ脱線的に付け加えるなら、ユングのペルソナとシャドーも。)そして余談ですが、私がワンピースの中で神の顕現というべきエピファニックなシーンがあるとすれば、それはエニエス・ロビーでのルフィーの「生きたいと言え、ロビン」とロビンの「いぎたい!」と叫び合うシーンだと思います。あれは神からの命令への服従と主体の意志が合一する瞬間で、subjectの文字通りの意味を示す、まさに神の救いの顕現ともいうべきシーンだと思っています。ルフィの呼び声に応じる時、我と汝が交差し、主体としてロビンが立ち現れる。T.S.エリオットが国教会に改宗後理由を尋ねられた際、「声をあげて泣ける場所が欲しかった」みたいなことを言っていたのを記憶していますが、信仰を通じた我と汝というのはそういうものではないかと、個人的には感じております。 長々と失礼しました。 ブーバー、今はまだ、その時、という感じがしていないので(多分本読む人ってありますよね、本に呼ばれる時、今こそっていう瞬間(笑))しばらく後にはなると思いますが、きっと読むと思います。ブーバーの名を思い出させてくれてありがとうございました。
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴並びに丁寧なコメント、誠にありがとうございます。非常にシンパシーを感じます。私の場合、日本近代文学にいきました(笑) 『ワンピース』を読まなければ現代社会を語れないみたいなことを動画内で言ったのは、正に人格形成に決定的な影響を与えうる力があるからですね。私はこれが時代精神まで高まった状態を「神話たりうる」という言い方で評言しています。『機動戦士ガンダム』におけるシャア・アズナブルの生きざまや『めぞん一刻』における響子さんと五代君の恋愛等々、いまだに神話クラスの影響を与えてやまない作家作品は数多ありますが、『ワンピース』もその中に位置付けられるべき作品ですね。 ただ大人になってから読んだので、「子供の頃に読んでたら、めちゃくちゃ影響されてただろうな」くらいで済ませられる。具体的にどうこうという考えはないのですが、神話を必要としている大人は案外、少なくないんじゃないかなと感じてはいます。
@learnermoo
@learnermoo Жыл бұрын
『サブカルチャー神話解体』の読解もなさっていましたよね!私は神話というと社会学的な視点より、どうしてもユングの原型とかルネ・ジラールの集団的暴力の正当化の物語を連想してしまうので、神話という言葉を避け、世界という言葉を使うのですが、表面上、記号の上で、神話という言葉を使うにせよ、世界という言葉を使うにせよ、「人に意味と秩序を与えるストーリー」で、時代時代の中で最高の強度を誇るものが、ここでいう神話や世界の名に値するもの、ですよね。 そして、ストーリーは(自由意志(すいません、決定論と相性の悪いコンセプトを持ってきて(笑))や人格、責任といった倫理的な言葉と同じく)、通時性を前提としていますが、この通時性(並びにストーリーやその他通時性を前提とするもの)を超えた/内包した象徴体系や瞑想的知覚を語らせたら、このチャンネルの別の動画で語られている井筒先生の右に出る人はいないと考えています。なので、このチャンネルで井筒先生のことも解説されていたのもとても嬉しく感じました。自分の心がストーリーに飲み込まれ過ぎないように読む本と体験っていうのも大事だよな、と個人的には思ってるんですよね。ストーリーに縛られたら縛られたで、心が干からびちゃいますから。 あと、このチャンネルは右も左も関係なく取り上げてくれるので、その辺のバランス感覚も個人的に嬉しいです(笑)様々な難しい著作に取り組まれているので、動画を作るのは本当に大変だと思いますが、応援しています! @@read-
@user-dz5nt7pn2p
@user-dz5nt7pn2p 10 ай бұрын
すごく面白い! 現代の日本人の悩みのほとんどが他人からの視線を気にしすぎることが根本にある気がしていて、それに対する明確な答えをだしてくれる動画な気がします! ところで一つ疑問が生まれたのですが、勉強机に鏡をおくと集中できるというテクニックがありますよね。それはこの動画でいうとどういう作用が働いていると思われますか? 教えてください🙇‍♂️
@billy078taro8
@billy078taro8 Жыл бұрын
なるほど対話の基礎には、「我・汝」の共感と深い一体感に満ちた関係性があるんだなと納得しました。そうした関係性は、ことのほか後期の西田哲学と関連するように感じました。たとえば、西田は『絶対矛盾的自己同一』ついて「世界の現実は何処までも多の一でなければならない、個物と個物との相互限定の世界でなければならない」と述べてました。私的に解釈すると、我々は全くの主体‐客体の関係ではなく、共に状況(=場)の一部にある、というのです。つまり、その場においては、人は孤立した個としてではなく、他との関係において存在するのです。さらにその前提には、すべての形あるものを規定するような根源的存在を示す「無の場所」があると、西田はいいました。しかし結局ブーバーにいわせれば、個々の汝を経てしか永遠の汝との関係に至りえないので、西田哲学は順序が逆であろう、とされそうですね。 一方で、フッサールの現象学では、他者や環境が、いかにして自己に影響を与えるのかに着目すると見聞きしました。その学派を代表する概念こそが「相互主観性」であり、仲良くけんかしたり、肯定的に反抗するなかで成立する共感をいいます。したがって、自己の主観性と「我‐それ関係」の客観性とが、「我‐汝関係」によってつながれ、共有と差異の間で相互主観性が生じるのではないでしょうか。 ただし、相互主観性や「我‐汝関係」、対話の場などが成立するには、生き生きした身体が欠かせません。実際にメルロ=ポンティは、自分と他者が同じ時空間を共にする感覚こそが共感を生むのだと主張してました。そして、今後問題となりそうなのが、そうした身体感覚をどこまで仮想空間やメタバースに求めることができるか、見物ですね。 似て非なるものだったら、ごめんなさい。アップお疲れさまです。😆💕✨
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴並びに大変勉強になるコメント、誠にありがとうございます。西田幾多郎、後期の成果について完全に失念してました。主格未分の未分のまま相互に作用し合うニュアンスが強調され、ブーバーの主張にかなり近付く印象がありますね。このへんの検証は将来の自分への宿題にさせていただきます。 (私の見るところ、哲学体系としては西田哲学に軍配が上がるものの、実践感覚としては五分五分か、他者性を重視している分、ブーバーかなという感じです) 現象学にまで派生させると、私のキャパを超えます(笑)ブーバーのいう《なんじ》は普遍的本質ではなく、どちらかというと個体的本質に近いと思うのですが、フッサールはそのへんはっきりしないと『意識と本質』には書かれてましたね。そんくらいしか言えません(笑) 読むべきものが尽きないのは幸福ですね。コツコツやっていきます。
@user-mr3xt5od2q
@user-mr3xt5od2q Жыл бұрын
何かへ服従したい
@user-st8vc4iu3g
@user-st8vc4iu3g Ай бұрын
僕に服従してくれ
@amano-kazu
@amano-kazu Жыл бұрын
これは多くの現代人が見逃していて、しかもそれがゆえに苦しんでいることですよね。ものすごくぶっちゃけて言えば「人生は遺伝子で決まる」「人生は環境で決まる」「人生はノウハウで決まる」というような考えです。あまりにも一般的であり当たり前すぎてもはや疑問すら持たないんですよね。だから人は資格を取ろうとするし、技術を磨こうとするし、良い「マニュアル」を手に入れようとします。 でも実は本質はそこじゃないんですよね。この動画で言うならば「啓示」こそが本質。それは文字化できません、文字化したら「マニュアル」「教義」になってしまうわけですからね。でも人は「マニュアル」「教義」を重視して、「啓示」を全く重視しません。 いわゆる「ビビッときた」という言葉は「適当で、頭が悪い人が言うこと」というイメージがあります。でも実は、そっちの方が大事。 もっと言えば、「ビビッと来た」ことで行動して失敗してしまうのは、「ビビッと来る」系の感覚が弱いから。なぜなら、普段、マニュアルばかり重視しているから。そういう人間の「ビビッと来た」はたしかに、「適当で、頭が悪いもの」なのかもしれません。 でも、そっちの方を重視して生きないと、結局は「ビビッと来た」系の感覚の精度は高められない。つまり、「啓示」に従って生きることができない。 なので・・・マニュアルを捨てて、自分の「ビビッと来た」感覚を、思い切って信頼してみることが大事なんですよね・・・。 今回の動画、いろいろと考えさせられました。いつもありがとうございます。
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴並びに丁寧なコメント、誠にありがとうございます。他者というと何となくマイナスなイメージがあり、逆に神や運命の人との一体化はプラスなイメージがありましたが、一概にそうとも言えないのだなと。 ブーバーは言葉以前の以心伝心を否定してはいないものの、そこには必ず他者性がなくてはならないとしています。これは唸らされました。
@saikoumettya9350
@saikoumettya9350 Жыл бұрын
これはあれですね。何かわかりずらいチャンネルという名でわかりやすく説明してしまうというユーモアですね。
@read-
@read- Жыл бұрын
そうなっていたら嬉しいです。ありがとうございます。
@rilkemado
@rilkemado Жыл бұрын
毎回とっても面白い解説をありがとうございます!難しい言葉が沢山でてくるので、せっせと調べながら見てます🙌次回も楽しみにしてます‍\\ꐕ ꐕ ꐕ//
@N0s0-t3n
@N0s0-t3n Жыл бұрын
とても興味深い内容で勉強になりました、ありがとうございます!ワンピースの例えがすごいわかりやすくてスッと入ってきました。 漫画家あるあるだそうですが、永く漫画を描いていると、作者に反して次第にキャラが勝手に動き出してストーリーを進めていくと言います。 これは、最初こそ作者にとってストーリーを動かす上で都合の良いコマとしての存在=「それ」であったものが、漫画を描く中でキャラと対話し「なんじ」という作者にも干渉できない一つの人格を持つ他者に変化したんじゃないかなと思いました。正しく解釈できてるのか不安ですがそんな気がしました。 次回も楽しみにしております。長文失礼しました。
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴ならびに丁寧なコメント、誠にありがとうございます。尾田さん自身、何度となくメリーに助けられたのでしょうね。その瞬間のインスピレーションみたいなもの、言葉にできないひとときこそが「なんじ」との出合いとされています。「メリー!」と話しかけるシーンより、物音や気配によってメッセージを汲み取るシーンがそれに近いと思いますね。 私が言うのも何ですが、正しく解釈できてますよ。『ワンピース』のくだりは予想以上に好評で、嬉しいです。改めて、ありがとうございます。次回の動画も頑張ります。
@Nao-ut3cj
@Nao-ut3cj Жыл бұрын
コメント失礼いたします。 何故早くにこの素敵なチャンネルを発見できなかったのか… 私は所謂アートアニメーション作家の端くれとして活動しておりますが、アニメーション作品は、アウトプットに途轍もない時間と労力を要するために、インプットに物理的な制約がかかってしまうことが、美大在学時代から現在に至るまで、最大の悩みの種でした。 読んでみたいけどその本に辿り着くまでの礎を築く時間がない…と悩んでいた著作の数々を、これだけの解像度を持って語ってくださる貴チャンネルは、比類のないものだと感じております。 現在、正に「他者性」をテーマに作品を創作しており、とても良い刺激を受けました。完成に数年はかかってしまうかもしれませんが、完成の折にはスペシャルサンクスをさせていただきたいほどでございます。 今後ともお身体に気をつけて、ご活動を続けてください。動画の更新を楽しみにしております。
@read-
@read- Жыл бұрын
御視聴並びにコメント、誠にありがとうございます。創作される方のお役に立てるのは非常に嬉しいです。作品完成の暁には是非とも御一報ください。コメントが既にプライスレスな価値を有しているので、スペシャルサンクスの方は大丈夫です(笑) 他者論といったらブーバーにインスパイアされたレヴィナスの哲学が有名ですが、非常に恣意的と申しますか、力業で論理を組み立てているような印象を受けます。何より、難しい。「他者」とは何かということを端的に把握したいということでしたら、この動画にある情報だけでも充分ではないかと個人的には思います。 創作、しんどいことも多いと拝察しますが、頑張ってくださいね。応援しています。
@Nao-ut3cj
@Nao-ut3cj Жыл бұрын
丁寧にご返信くださりありがとうございます…! 応援頂けるとのこと非常に励みになります…涙 作品が完成しましたら、その際はコメント欄にてお知らせいたします。 ブーバー、是非拝読したいと思います。とても個人的ですが、私は「他者」と聞くといつもジョン・ル・カレの作品を想起してしまいます…笑
@hutayubin
@hutayubin Жыл бұрын
今回もボリュームがすごい。 一回ではピンとこないので、 何回か聴いてみて自分なりに咀嚼してみます! ワンピースを読んでるので、 メリー号の例えはすごくわかりやすく楽しめました。
@read-
@read- Жыл бұрын
ありがとうございます。哲学者によって「精神」がどう生まれるか、こんなにも説明が異なるのかと作っていて気付かされました。 メリー号、そうおっしゃっていただけて安心いたしました。まだまだ読み進めます!
@hutayubin
@hutayubin Жыл бұрын
楽しみです!
@user-qk5jz4ol2i
@user-qk5jz4ol2i Жыл бұрын
この声落ち着くわぁ
@read-
@read- Жыл бұрын
ありがとうございます😊
@user-ry8ov9ux5m
@user-ry8ov9ux5m 10 ай бұрын
すごくためになる 動画ありがとうございました😊 最近悩んでいたことの 解答が出たようです! 世の中 他者と本当に 関わることを 忘れてしまった、というか 避けて通ろうとしたり 昔から気持ち悪いことばだな と思っていた ツインソウルなど なにが気持ち悪いか はっきりわかって すっきりしました。 かくゆう私も 嫌われるのがこわくて 親切な脇役をいつも 演じることに必死でしたが もうやめます。
@read-
@read- 10 ай бұрын
御視聴並びにコメント、ありがとうございます。 運命の赤い糸とか、憧れますけどね。実際にこれを相手に押し付けると、モラルハラスメントになりかねないんですよね……。 こちらの想定をはみ出したところに他者がいて、そんな他者だからこそ現実を分かち合える(お花畑から脱け出すきっかけになり得る)というのは私も読んでいてハッとさせられました。
@read-
@read- 10 ай бұрын
御視聴並びにコメント、ありがとうございます。 運命の赤い糸とか、憧れますけどね。実際にこれを相手に押し付けると、モラルハラスメントになりかねないんですよね……。 こちらの想定をはみ出したところに他者がいて、そんな他者だからこそ現実を分かち合える(お花畑から脱け出すきっかけになり得る)というのは私も読んでいてハッとさせられました。
@stwe9059
@stwe9059 3 ай бұрын
大澤真幸のこのような見方には感心します。理系の人間で不勉強なのですが、最新の社会世相、人間相を論じている本でおすすめ御座いますでしょうか。
@read-
@read- 3 ай бұрын
申し訳ないですが、分かりません。最新となると、尚更です。
@Radighet1212
@Radighet1212 Жыл бұрын
フーバーの持論にONE PIECEを持ってきたのにピンと来て、私なりにも気づいた持論を僭越ながら展開してまいります。大部分的にマイノリティかと思われるのは不可避と思われますが、「ファイアーエムブレム風花雪月」にマリアンヌ・フォン・エドマンドと呼ばれる自閉症苛まれる女学生が登場するんですね、彼女生来もつある呪縛故に両親が離れ離れになってしまった過去を持ったが故に、自傷的な思いに苛まれているのですよね…。そんな彼女の懐は動物や植物に自分なりの生きがいを感じることでした。 これはゴーイングメリー号に愛着心を持っていたウソップに共通しているところがあると私にはそう思えてなりません。 是非確認してみて下さい。
@user-de4ey2xq4t
@user-de4ey2xq4t Жыл бұрын
またきてしまった。 長いよ〜〜〜! おやすみなさい。
@masumi1045
@masumi1045 Жыл бұрын
ブーバーの本を読んでいないので、この批判的な感想は批評そのものでなく、紹介・批評された本の内容に関してのものですのでご容赦ください。批判は必ず自己批判を伴いますので、少しでも糧になればと思います。  「汝」は自らの自己像を投影した鏡像にすぎないのではないか。自己にとって自己が存在できないようなその人にとっての盲点・脱落の契機をかわして投影された自己愛玩的な鏡像として「汝」が語られているのではないか。  彼を殺害しようとする者が「汝」として目の前に現れたとき、彼はその者を殺害してしまうかも知れない。彼はこのとき自由を失うのではないか。自己愛玩を許す鏡像ゆえ、その鏡像の凹凸や襞のすべてをなぞることができる、つまり「汝」を運命とすることができるが、この鏡像を全く受け入れないばらばらな鏡としての「汝」との出会いはそのばらばらに砕かれた鏡像をなぞるという不自由、運命のような時間の獲得でなく、ばらばらな瞬間でしかない時間の獲得(喪失)を彼に強いるのではないか。  一聴しての感想で、聞き得ていず的を外した感想かも知れません。いつもながら、難しくも興味深い内容をありがとうございました。
@read-
@read- Жыл бұрын
まず自己愛の投影にすぎないなら、そこには他者性が欠落しているわけですから、その人は自分の殻に閉じ籠って都合のいい解釈を対象(それ)に押し付け続けていることになります。補足すると、投影先は人に限りません念のため。 「汝」とは言ってみれば「本質」みたいなものなのですが、それを見出した結果、離れ離れになる(最悪、刃傷沙汰になる)こともあるのではないか。 そのようなことをおっしゃりたいのだと拝察します。ブーバーは確かにそのような可能性には言及していません。ただ私の解釈ではそれがどのような結果として認識されようとも、「汝」との出合いを本当に果たし得たなら、必然(運命)として受け止めざるを得なくなるのではないかなと思います。 その点が出合いを果たせているかどうかの判断基準になる、という見方も可能かも知れません。
@masumi1045
@masumi1045 Жыл бұрын
返信ありがとうございます。もう少し詰めて考えてみます。  自己愛の投影というよりも、自己を否定するものを否定する自己実現的な像に対象を対象のままに切り結ぶ、重ね合わせるというのが、自己像が鏡に投影された鏡像ということの意味です。鏡は鏡としてあるので(鏡にもいろんな鏡があります)自己の殻に閉じこもった像を許さず、その鏡像を受け取るということが鏡(対象それ自体)と自分の間に人格的関係を結ぶということになり、そのように「汝」を人格的なものとしてとらえる、外界を人格的なものとしてとらえるということは、その外界との間に何か内面的なつながりというか、その外界に何か感応しうるものを感じることがあるはずで、そこからこぼれ落ちるものがあるとき、それをも「汝」として人格的にとらえるというところまで外界との人格的な関係を引き受けることができるのか、ブーバーにとって人格的という関係の仕方は貫徹されるのか、あるいはどこかで放棄されるのか、何らかの仕方で放棄されうるのか。
@jiyujizai
@jiyujizai Жыл бұрын
🥀💙🌱😀
@user-wm8ee9ub2d
@user-wm8ee9ub2d 8 ай бұрын
量子もつれ
ПРОВЕРИЛ АРБУЗЫ #shorts
00:34
Паша Осадчий
Рет қаралды 7 МЛН
Nastya and SeanDoesMagic
00:16
Nastya
Рет қаралды 36 МЛН
小林秀雄 講演「精神と肉体の関係」
23:19
「聞く歴史、雑学」 草の実堂ch
Рет қаралды 34 М.
西田幾多郎『善の研究』読解:純粋経験と実在について
36:25
何か分かりづらいチャンネル
Рет қаралды 22 М.
四十にして惑い倒れる/目まいのする積読本紹介【雑談♯06】
16:52
何か分かりづらいチャンネル
Рет қаралды 6 М.
キルケゴール『死に至る病』読解:有神論的実存主義の血肉化は可能か
28:17
何か分かりづらいチャンネル
Рет қаралды 23 М.